『あなたの生まれた季節は、』 吉田誕生日SS


「逢坂、ちょっと付き合ってくれないか」
帰ろうとする後輩に近付き、吉田はそう声をかけた。放課後で、昇降口へ向かう生徒たちの急流の中、後輩はぴたりと足を止める。
止めてくれてよかった、と思った。わざわざ二年生の階まで探しに来たのだ。もう帰っていたらどうしようとか、無視して帰られたらどうしようとか、いろいろ案じてしまった。
後輩――逢坂はゆっくりと振り返り、じっと見上げた。
「なにに、ですか」
「実験」
「どこへ」
「廃ビル」
「いつ」
「今夜」
「どうして」
「……助手、だよ。一人じゃ手が足りないからな」
そう言って苦々しく顔を歪めると、逢坂はわずかに目を細めた。呆れているのだ。一人では怖くて動けない臆病さにも、それを正直に言えない意地っ張りなところにも。後輩に呆れられているという事実はどうしようもなく恥ずかしかったが、どうなるものでもなかった。
「どういった実験なんですか」
「深夜零時に廃ビルに行くんだ。そこにはもう使えない電話が捨ててあるんだけど、零時ぴったりだと時空が歪んで通じるらしい。興味深いだろ」
「どうして俺を。司さんや、部活の後輩は」
「司は旅行行ってるから駄目。後輩には遠慮された」
消去法でお前しかいないんだ。そう伝えると、彼はかぶりをふった。
「諦めた方がいいと思います」
「待ってくれ! これは本当に、気になって気になって仕方がないんだよ。僕が実際に確かめに行かないと気が済まない。お前に断られたら他にもういないんだ」
「一人でやる自信がないなら、人を連れていくのもやめた方がいいでしょう」
「怖いわけじゃない、手伝いが必要なだけだ」
「人に頼ろうとしない方がいいですよ。それで危険な目に遭うのは吉田先輩です」
ばっさりと、ぐっさりと、後輩の言葉が突き刺さる。逢坂はこれでも言葉を選んでいるのだが、吉田には伝わらなかった。
がっくりとうなだれて、くちびるをかむ。もともとこの後輩には期待していなかった。初めて会った頃こそ後輩らしく殊勝にしていたけれども、少し経つうちにだんだん態度を変えてきて、今ではすっかり生意気になっているのだ。やけに機械的な話し方をして、冷めた目で見る。
しかしこれで吉田の人脈は尽きてしまった。それでも実験しに行くのを諦めきれない。
本当にひとりで行ってしまおうか、いやでも、と頭を悩ませる。どうしたらいいのだろう。ここで諦めてしまっては臆病者だと認めるようなものだし、この好奇心は永遠に満たされることがない。
――ええい、ままよ。
ふん、と鼻を鳴らして、引き攣った笑みを浮かべた。
「べ、別にひとりだって問題ないさ。自分のことは自分でできるし、お前に頼るつもりなんてない。たまにはこういう有意義な研究に誘ってあげようと思っただけで、お前がいなくても構わないから」
「そうですか」
「行きたいっていうなら、連れて行ってあげてもいいけど」
「遠慮します。お邪魔でしょうから」
棒読みで、半目になって見上げてくる。本当に生意気だ、これだから誘いたくなかったのだ。
しかしこれでいよいよ、吉田は一人で行かざるを得なくなってしまった。背中を冷や汗が伝っていくが、引くことはできない。じゃあ、と後輩に背を向けて、昇降口へ降りようとした。
そのときである。
「あ、」
と、逢坂は明らかになにかを思いついた声を出した。あるいは、思いだしたのか。どちらにせよ、その頭の中には何かが思い浮かんでいる。
何事かと振り返る吉田を見つめて、そして、言った。
「……やっぱりご一緒させてください、先輩」


   ***

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